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【期待値マスター講座13】期待値の線形性は万能ではない

    ゴウカライズ編集部
    31 May, 2026

    この記事では、線形性という言葉を改めて定義しなおし、 「線形性が使える場面」と「そもそも線形性の話ではない場面」を区別する 視点を整えます。

    ${E(M^2)}$ や ${E(\max(X, Y))}$ を題材に、線形性の濫用がどこから起こるかを観察します。

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    シリーズ全体の流れを先に見たい方は、まず 期待値マスター講座の導入記事 からどうぞ。全56回の構成と読み進め方をまとめています。

    https://note.com/goukalize/n/n9de4e3c6c4fb


    線形性とは何だったか

    期待値の線形性とは、

    $$
    E(aX + bY) = aE(X) + bE(Y)
    $$

    という、 確率変数の和(と定数倍)に関するステートメント です。任意の確率変数で、独立性を仮定せずに成立します。

    ここで強調したいのは、 このステートメントは「和(線形結合)の形をした量」に対する主張 だということ。 $${aX + bY}$$ という線形結合があって初めて、 $${aE(X) + bE(Y)}$$ という同じ形に分配できる、というのが線形性の意味です。

    したがって、もし「線形性が成り立たない」という言い方が出てきたら要注意。 線形性そのものはいつでも成り立つ定理 で、破れることはありません。問題は 「目の前の式が線形結合の形をしているか」 だけです。線形結合でない式に線形性を持ち込もうとすると、 そもそも線形性の射程の外 にいることになります。

    線形性の射程の外にある量

    次の量はいずれも、 線形結合の形をしていない ので、線形性をそのまま持ち込めません。

    • $${E(XY)}$$ :積の期待値(独立性があれば $${E(X)E(Y)}$$ に等しい。より弱くは無相関で十分。第VII部)
    • $${E(X^2)}$$ :二乗の期待値(分散の計算で必要、第VII部)
    • $${E(\max(X, Y))}$$ :最大値の期待値(tail-sumや分布から、第VI部)
    • $${E(\min(X, Y))}$$ :最小値の期待値(同上)
    • $${E(|X|)}$$ :絶対値の期待値
    • $${E(1/X)}$$ :逆数の期待値(Jensen不等式のお膝元)

    これらは (そのままでは)線形性で扱える話ではありません

    何らかの方法で線形結合の形に書き直せれば(たとえば tail-sum で和に分解できれば)線形性が効きますが、書き直せない量は 別の道具 が要ります。

    例題:最大値の二乗の期待値

    $${{1, 2, 3, 4, 5}}$$ から無作為に2つの数を選び、大きい方を $${M}$$ とする。 $${E(M^2)}$$ を求めよ。

    「線形性で $${E(M^2) = M\cdot E(M)}$$」のような誤った当てはめをしてはいけません。 $${M^2 = M\cdot M}$$ は積であって線形結合ではないので、線形性のステートメントが直接適用できる対象ではありません。 「線形性の濫用」の典型例 です。

    正攻法で確率分布を出します。2数の選び方は $${\binom{5}{2} = 10}$$ 通り。 $${M = k}$$ となるのは「小さい方が $${1, \ldots, k-1}$$ のいずれか」で $${k-1}$$ 通り。したがって $${P(M = k) = \frac{k-1}{10}}$$( $${k = 2, 3, 4, 5}$$ )です。

    定義通り

    $$
    \begin{aligned}
    E(M^2)
    &= \sum_{k=2}^{5} k^2 \cdot \frac{k-1}{10} \\
    &= \frac{1\cdot 4 + 2\cdot 9 + 3\cdot 16 + 4\cdot 25}{10} \\
    &= \frac{4 + 18 + 48 + 100}{10} = \frac{170}{10} = 17.
    \end{aligned}
    $$

    $${E(M^2) = 17}$$。

    ここでは、 $${M}$$ の確率分布を直接書き下す方が早いです。 $${M^2}$$ を「何かの和」に分解できる場面なら線形性で押せますが、この問題では分解する自然な経路がありません。

    線形性が「使えない」のか「使い方が違う」のか

    実は、 $${E(M)}$$ そのものは線形性 + 指示関数で計算できます(第V部・第VI部で扱います)。 $${M = \sum_k \mathbf{1}_{{M\ge k}}}$$ という分解(tail-sum)を経由すれば、

    $$
    E(M) = \sum_k P(M\ge k)
    $$

    と書けるからです。

    ところが、 $${M^2}$$ にすると話が変わります。 $${M^2 = \bigl(\sum_k \mathbf{1}{{M\ge k}}\bigr)^2}$$ を展開すると、 $${\sum{k,l} \mathbf{1}{{M\ge k}}\mathbf{1}{{M\ge l}}}$$ となり、 $${\mathbf{1}{{M\ge k}}\mathbf{1}{{M\ge l}}}$$ という積の期待値(イコール共通事象の確率)を扱うことになります。これは「線形性だけ」では片付かず、 積の構造を意識した別の議論 が必要です。

    第V部で扱うモンモール数の問題 $${E(X^2) = 2}$$ などが、その実例です。 $${X^2}$$ を $${\sum I_i I_j}$$ に分解し、 $${I_i I_j = I_{A_i\cap A_j}}$$ という関係を経由して計算する 道があります。これは線形性の発展形ですが、いまの段階では「二乗は別物」と理解しておけば十分です。

    $${E(\max)}$$ と $${\max(E)}$$ は別物

    線形性を「最大値」に適用しようとすると、別の誤りも出やすいです。

    $$
    E(\max(X, Y)) \ne \max(E(X), E(Y))
    $$

    これは恒等式ではありません。第VI部で詳しく扱いますが、ざっくり言うと、左辺の方が常に大きいか等しくなります(Jensen不等式の特別な場合)。 $${\max}$$ も線形結合ではないので、 線形性の話とは別の枠組み で扱う必要があります。

    たとえば、さいころを2回振った目の最大値 $${M}$$ について

    $$
    \max(E(X_1), E(X_2)) = \max\Bigl(\frac{7}{2}, \frac{7}{2}\Bigr) = \frac{7}{2} = 3.5
    $$

    ですが、 $${E(M) = \frac{161}{36}\approx 4.47}$$ で、明らかに $${3.5}$$ より大きい。 最大値という確率変数の期待値期待値の最大 は、まったく別の量です。

    線形性が適用できる境界を整理する

    ここまでをまとめます。

    • 線形性が直接適用できる:線形結合 $${aX + bY}$$ の期待値、定数倍、定数の足し算、指示関数の和
    • 線形性の射程の外(別の道具が必要):積、二乗、最大、最小、絶対値、非線形関数全般

    問題を見て期待値を求めるときは、まず 「これは線形結合の形に書けるか」 を考えます。書ければ線形性で部品ごとに処理。書けなければ、確率分布を直接求めるか、tail-sumのような別の分解を試します。

    「線形性 → 指示関数 → tail-sum」の3つが、本シリーズで身につける主要な分解の道具です。線形性は最も強力で射程が広いですが、 「いつでも何にでも使える」道具ではない 、ということを覚えておいてください。 「線形性が成り立たない」と言いそうになったら、それは「線形性で扱える話ではない」と言い換えるべき場面 です。

    練習問題

    さいころを2回振り、出た目を $${X_1, X_2}$$ とする。次の量のうち、線形性だけで求められるものはどれか。
    (a)$${E(X_1 + X_2)}$$
    (b)$${E(X_1 X_2)}$$
    (c)$${E(\max(X_1, X_2))}$$
    (d)$${E(X_1^2 + X_2^2)}$$

    (a) は和の期待値そのもの。線形性で $${E(X_1) + E(X_2) = \frac{7}{2} + \frac{7}{2} = 7}$$。

    (b) は積。 $${X_1, X_2}$$ が独立なので $${E(X_1 X_2) = E(X_1)E(X_2)}$$ で計算できますが、これは「独立な確率変数の積の公式」であって線形性ではありません。線形性だけでは出せません。

    (c) は最大値。線形性だけでは出せません。tail-sumや確率分布が必要です。

    (d) は二乗の和。 $${X_1^2 + X_2^2}$$ は和の形なので、線形性で $${E(X_1^2) + E(X_2^2)}$$ にできます。あとは $${E(X_1^2) = \frac{1^2 + 2^2 + \cdots + 6^2}{6} = \frac{91}{6}}$$ を計算すれば $${E(X_1^2 + X_2^2) = \frac{91}{3}}$$。 線形性は外側の和に効くが、 $${X^2}$$ そのものの計算は定義通りやる 、というのがこの問題の見どころです。

    線形性で出せるのは (a) と (d) です。

    次に読む記事

    次回は、再び「線形性に独立性は不要」というメッセージに戻ります。具体的に、 $${Y = 7 - X}$$ という極端な従属関係を持つ確率変数のペアで、それでも $${E(X + Y) = E(X) + E(Y)}$$ が成立することを確かめます。証明では示しましたが、具体例で改めて手応えを掴むのが第II部の締めくくりです。

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